リアルワールド 桐野夏生

表紙のヘンリー・ダーガのイラストと帯の
「ねぇとりかえしのつかないことってあるんだよ」
「これがわたしたちの戦争」
後ろの帯の

例えば、わたしたちは子供の時から、家庭教師はいかがですかという電話や、
無料進学相談を騙った塾からの勧誘に晒されてきた(中略)街を歩けばキャッチセールスや呼び込み いいですよ、と頷くとあっという間に商品を買わされる うっかり住所や名前を教えればコンピューター登録されて何らかのリストに載る オヤジに肩を叩かれて、何もわからないで付いていけばホテルに連れ込まれる ストーカー被害に遭って殺されるのだってほとんど女
援助交際がマスコミで騒がれた頃は、わたしら女子高生の商品価値は過去最高だったはずだ
くだらねぇ ほんっとに くだらねぇ            (本文より)


もうこれだけ見たときから欲しいなぁって思ってたんですけど、何か読むタイミングを待ってて、今回やっと読みました。

作品の内容はある夏に起きた母親を殺してしまったミミズというあだ名の少年と自転車とその籠に忘れていた携帯電話を盗まれたことで繋がってしまった。女子高生4人トシちゃん(ホリニンナ)、ユウザン、キラリン、テラウチ
の携帯電話での交流から起こる悲劇=とりかえしのつかないことの物語です。
ストーリーは一章ごとにこの五人がかわるがわる主役になり自分の内面、他の友達に関する印象、ミミズに関する自分の考えが語られる。
面白いのはそれが入れ子構造になっていて、それぞれが秘密に思っているようなことも別の友達には筒抜けだったりする。

読んでて思うのは文章のスピード感で女子高生みんなが怒りながら語る。
印象的には村上龍ラブ&ポップとか岡崎京子さんのリバーズエッジに近いけど、どちらも文体はもっとクールで作者自体が若者と距離をとっている。
私の記憶を遡るとこのコたちのいつも怒ってる感じ、いらだってる感じはすごくわかる。怒ってると脳の回転が速くなって自分の回りがものすごいスピードで回ってるような気がしてくる。
あの時のスピード感を思いだした。
あと、女子高生に対する目線に全く幻想がない。彼女たちがいかに殺伐とした場所にいるかをうまく書いてる気がする。
いいなぁと思ったのはキラリンとミミズの描写
キラリンこと東山きらりは四人の中ではおっとりした癒し系キャラみたいなポジションにいるんだけど、実は彼女たち真面目グループ*1のほかのギャル系グループとも付き合っていて、いわゆる遊びも経験していてゲイの友達もいる、表面的には彼女は自由な感じで何でももっている感じなんだけど、何を手に入れても満たされずいつも心の中で苛立っている。
いわゆるOUTでいうと邦子タイプなんだけど、彼女はその状況に絶望している
、もしかしたら若い子の先が見えてる絶望感ってこんな感じなのかなぁとか思う。そんな彼女だから親を殺したミミズに会いにいってしまう。

あとミミズの描写も面白い。桐野さんが書く男性像ってイマイチ嘘くさいというか、ベタなヤクザみたいのばっかりだったんだけど、ミミズは薄っぺらさも含めていい、文体がアッパーだからか?親を殺したからテンションが上がってるのか?四人の中で一番頭がいいテラウチにサカキバラみたいな犯行声明文をエヴァンゲリオン風にまとめろとキラリンを人質*2に言うシーンはゲラゲラ笑った。

何か時間の流れ方が冗談っぽいなぁと思った。
殺したミミズも彼と関わる女子高生も「キャーなにコレ、マジ?」って感じで関わっていて、それがやがて「とりかえしのつかないこと」に発展する。

思うに桐野さんの作品の強いヒロインといのは過去に「とりかえしのつかないこと」宮台さんが言うところのリグレットを抱えている。
もしかしたら大人になるということは「とりかえしのつかないこと」を抱えるということなのかなぁとか思った。
それを抱えていない若い子は怖いもの知らずで何でもできるんだけど、大人はその恐怖を知っているから、用心深くなれる。
とりかえしのつかないことというのは言わば負の記憶なんだけど、別の言い方をすれば入れ替え不可能な記憶だ。
それを持っているから桐野作品のヒロインは強いのかもしれない。
最後に二章ユウザンの章から引用、これは結構桐野作品を考える上で重要なのかもしれない

わたしは孤独だ。孤独になる絶対的理由がある。その上、母親が病気になって死に、誰よりも一層孤独になった。少し孤独だったミミズは母親を殺し、孤独に磨きをかけた。方法はわからないけど、わたしも今の孤独に磨きをかけたいと思ってる。そうすれば、もっと生きるのが楽になるかもしれない。


追記、これでやっとグロテスクが読めるかな。

*1:作中学校のクラスの描写の時なんとかグループという言い回しが何度も出てくる

*2:実際は微妙に違うんだけど