柔らかな頬 桐野夏生

桐野さんの直木賞受賞作、内容は実の子供が突然神隠しにあったように失踪してしまったことがきっかけでいろいろなものが壊れて失われていき、最後に少しだけ落ち着く話とでもいえばいいのでしょうか?

主人公はカスミという女性、作中では彼女の人生がこれでもか!と描写される、その印象でいうと強くて欲望に忠実な女、桐野さんがいつも書く

何かを失ったことで冷酷なまでに強くなった女(OUTでいうと雅子)
欲望に忠実なガツガツした派手好きな貧乏臭い女(OUTでいうと邦子)

この二人を足したような印象を受ける。
桐野さんは常に現状に違和感を抱えてる人間が好きだ。と何かで言っていたが
この二種類の女性というのは違和感を抱えた時の人間のありかたのパターンなのかもしれない。達観してしまうか、過剰な努力*1で違和感を埋めようとするのか、初め私は邦子タイプの女が嫌いで怖いものみたさで読んでたんだけど、数冊まとめて読むとだんだん愛着がわいてしまった。
彼女たちは客観的に見ると自分勝手でその強すぎる無自覚な欲望から回りに迷惑をかけていて、たいてい、無残に殺されてしまう、そしてその尻拭いをするのが雅子タイプの女なんだけど、この二人はある種相互補完しあっているのだろうと思う*2

で、この作品でいうと前半のカスミの描写は自由という名の欲望追求で、家庭も仕事も自分の思い通りにしていき子供も産んで、あげく不倫をしてすべてを捨てようとする。
そしてその罰のように実の娘の失踪事件に巻き込まれてしまうのだ。

娘が行方不明になったことで、カスミは仕事も家庭も恋=不倫相手だった石山
も失っていく、そしてその事件に関わった、石山の家族、カスミの夫、別荘近くに住んでいた老夫婦、刑事らも皆、この事件に人生を狂わされる。
途中、心の不安を抱えたカスミがイエスの箱舟をモデルにした宗教団体に関わるシーンがあるからなのか?なんとなく宗教的な印象を私は感じていた。

宗教とは何か?という問いに私は答えられるほど知識も経験もないのだが、
誰もが多分出会う唐突な人生の不条理に対して何故か?どうしてか?と考える時、人間が必要とするものなのでは?と私は思う。
この作品ではその不条理が子供の失踪で、そこがブラックボックスになってそれぞれに乱反射していく過程が素晴らしい。
途中、何度か夢や妄想という形で子供がいなくなった理由が唐突に何パターンか提示される、その描写がまた桐野さん特有の冷たさで圧倒されると同時に残酷な美しさ*3を感じる。

結局、子供の失踪した理由、犯人は具体的には表明されない。作中でカスミは夫から「お前は誰も赦していない」と言われるけど、最後の最後、かつて捨てた村に戻り母と再会し同行した元刑事の死を見取ったことで「赦した」ように見える。探さないけど戻ってくことを待つという形で。

私がこの作品を読んで感じた感想は「う〜ん人生だなぁ」というものだ。この小説の中には人生のある人間がいて迷ったり苦しんだり、断念しながら生きてる。いろいろ書いたけど、そこに落ち着く。

でも上に書いたようなことをいきなり書いても自分が受けた衝撃は伝わらないし、まだ書ききれた自信はない。だから感想を書くのにすごく時間がかかってしまった。
一応ネットの書評も見て回ったけど、皆さんはミステリーとして読んでて、ちゃんと子供の失踪事件が解決してないことに不満があるようだ。
なくても作品そのものに体温が低い人が多かった。
正直、ミステリーというジャンルにこだわりがないので、ミステリーとして桐野さんの作品が面白いのかどうか?はよくわからない。
多分私の小説における良し悪しはその作品の中の人間の喜怒哀楽、生き方に良しにつけ、悪しきにつけ、どれだけひきつけられるかだ。
そしてその人間が小説の中でささやかな擬似共同体を作る話に弱い。
その共同体はたいてい何かを成し遂げるためにつかの間生まれて、作中で崩壊していく運命なんだけど、その崩壊も含めて味わいたいと思う。

*1:その方向性は別にして

*2:だから彼女たちにとって一番の敵はこの作品でいうと典子のような違和感を抱えることのない幸せな有閑マダムタイプなのだろう、もちろん桐野さんは容赦なくみんな不幸にするんだけど

*3:としか形容できないもの