加害者視点

無言の日記さんのコメント欄を読んで
http://d.hatena.ne.jp/lepantoh/comment?date=20040611#c
私もああいう事件が起こると殺された子より殺した子の方の視点になりますよ。コロンバイン高校の事件*1でもそうだし。
オウムの時も年によっては、あっち側にいたかもって思ったし。

それって特殊なんですかな?
自分の中ではかなり当たり前なんですけど。
自分の中にそういう負の感情や欲求があるから、それをどうやったら押さえられるかっていう発想が出るわけだし自制心ってそういうものだと思う。

逆に被害者視点に簡単にいける人の方がわかんないですね。
この間の「オタクだから少女を守ります宣言」
http://d.hatena.ne.jp/narko/20040404#p2
の不快さ、気持ち悪さといい。
はっきり書いとくけど、あんたらも状況次第では幼女をさらう可能性ありますからね。これは善悪とかモラルの問題じゃなくて。
人付き合いがなくてお金がなくてストレスと孤独感が肥大化すれば人間なんでもするんだから。

ああいう事件を特殊なぺドの人だからしたって見方ってやっぱ違う気がする。
今って性欲だけ満たそうと思えばいくらでも手段あるわけでしょ。
それでも満たされないとしたらそれは内面の問題で。
いや例えそうでも、自分たちの側に引きつけて考えないと。
少なくとも、あんたらの先輩の大塚英志岡田斗司夫宮崎勤の事件を特殊な事例としてじゃなくて「おたく全体の問題」として考えたんだから。
関係ないかもしれなくても身内の問題として考える「やさしさ」やら想像力があってもいいと思う。

今回の事件はあんまり報道とか見てないんですけど、あの女の子が特殊だとは全然思わないですよね。あの年で親と中悪いのだって当たり前だし。
つーか仲いい方がキモイ(笑)
小六でマンガ家になりたきゃ、あんなイラストみんな書くでしょ。
ああいうネットの文やら何やら断片的なものを持ってきて無理やり病んだ内面を想像するな!って感じで。
そういうのにすごく暴力的なものを感じる。

ああいう事件を私は個人の属性に還元したくないんですよね。
悪い偶然が重なったって気がどうしてもして。
人間って「命って大事だよねぇ」とか思った後に「みんな死ね死ね」とか思うもんですよ。
その感情の起伏がルーレットの目みたいにグルグル回ってて*2、たまたま「みんな死ね死ね」のトコで止まったって感じで。
もしかしたら私だってその目で止まる可能性があったかもしれない。

ただその「みんな死ね死ね」の目が普通の人が1対9なのに対して4対6、あるいは5対5になっちゃう状況はあるのかもしれない。

今回けっこう小中学生が運営するホームページを覗いたんですけど。
だいたい「学校ウゼー」とか「友達嫌い」みたいなこと書いてましたよね。
ネットってことを差し引いても、こんなに多いのかと思って。
多分そういうこと書いてる子って学校ではおとなしいいい子で、表面的には友達ごっこしてるんだと思うんですよ。それで多少ムカつくことあっても場の空気壊したら悪いなぁって思ってニコニコしてて

もし小中学生で、たまたまココを読んじゃうような子がいたらとして先に書いちゃうけど、そんなの付き合う必要ないからね。
もし行きたくない時があるならさぼっても全然いいし。

ウザかったりムカつくなら学校や本人に言ってもいいからね。
つーかできるだけ早い内に言った方がいいよ。
ナイフとか持たざる負えない状況になる前に
と同時に学校や友達付き合いがウザイとかキツイって思ってる自分を特権化しないでね。みんなとは言わないけど、そういう風に思ってる人はいっぱいいる
ありふれた悩みなんだから。

あと当たり前だけど友達にはパスワード教えない方がいいし、できるだけ自分がホームページを運営してることは黙ってた方がいいよ。
実名出すなんてもってのほか。
匿名のコミュニケーションだから楽になれる場所ってのは絶対あるんだから。

・続きは帰ってきてから書きます。仕事仕事

で、追加。

と思ったけど特に書くことってないですねぇ。
文章って1回書かれるとその形で完成するというか。

ただしつこく指摘しておきたいのは、この事件におけるネットの被害って普段いわれる2ちゃん的な匿名の暴力と間逆なんですよね。
匿名ユートピアのネットの世界に現実の人間関係が侵食したが故の悲劇というか。もし自分のホムペに書き込まれた罵倒文が見ず知らずの人だったら諦めがついたし、とっとと閉鎖するなりできたんだろうけど。
下手に見知ってるだけに逃げらんなかったんだろうなぁって気がどうしてもする。
朝、私は「そんな人間関係無理して付き合わなくてもいいよ」って書いたし、今でも気持ちは変わんないんだけど、一方でそこから意識が中々抜け出せないことも自分のこと考えてもわかるっていうか。
今考えると学生の世界、特に小中ってすごく狭い。
だからそこから弾かれる恐怖ってスゴイあるんだろうなぁ。
蹴りたい背中」が受けてるのもバトルロワイヤルが受けたのも、その学校的な人間関係をうまく捕まえたからだと思うし。
逆に弾かれて生きてくんなら全部壊してしまえって感じで。
ある種こういうタイプの殺人って自傷行為というか自分のセカイを破壊する行為なんですよね。
それをセカイが狭いからだと言うのは簡単だけど、彼女に、もっと別にセカイもあるんだよ。学校だけじゃないんだよって言ってあげる大人がいなかったってことはやっぱ考えんといかんなぁって思う。

本来ネットと繋がるってのはそういう効果があるんだけど、実はネットに繋いでも自分が関心のある趣味やら何やらがないと広がんないんですよね。
もっというと自分の関心のあるものとしか出会えないのが検索の現実で。
人は自分の関心のあるものしか検索しない、できないから。

私はどうやってあの学校的人間関係をやり過ごしたんだろう?

自分の記憶を振り返ると中学のはじめにイジメに近い状況。まぁ元々おっちょこちょいで間抜けだったから、よくからかわれてたけど、それが特にヒドくなった時があった覚えはある。
結局泣いて抗議、いわゆる逆切れしたんだけど。
そういうのが何度かあって、自分の中で何となく、これ以上相手が舐めた真似したら怒るか、っていうボーダーラインがわかった気がする。
だから相手が調子に乗ってると、冷静に(さ〜てそろそろ怒るか)って思う自分の意識がでてきて、3,2,1で怒って逆切れしたら、相手も「あいつはメンドクサイ」って感じになって近づいてこなくなったって気がする。

よく覚えてるのは初めて逆切れした時通学カバンで相手をガンガン叩いて。
もし、あの時もってたのがカバンじゃなくてカッターナイフだったらと考えるとゾッとする。

ついでに言うと、その時怒るまで怒るのは悪いことなんだって考えがどっかにあってできるだけ笑ってみんなと仲良くすることが良いことなんだって思ってた気はする。
結局あれって学校教育の賜物なんでしょうね。
「仲良きことは美しきことかな」って
優等生のイイコほどそれに従ってじっと耐えて、要領のいいコに体よくからかわれる。
ホントはっきり言うけど、無理して仲良くなんてしなくていいよ。
それは当たり前だけど苛めろとかいってんじゃなくて関わんなくていいってことだから。
ベタなこと書くけど学校や家庭だけじゃないから。
探せばあなたがラクでいられる場所はちゃんとあるから。
あなたさえ最低限のマナーとルールを守ればね。

ってことは最低言えるような大人でありたい。
そしてそれがちゃんと届くようであってほしいです。

*1:そういう加害者視点で見てくれる雑誌って映画秘宝だけだよなぁ

*2:パジェロパジェロ