1995年の原っぱ

まずこちらを参照していただきたいんですけど
http://d.hatena.ne.jp/gyodaikt/20040219
http://d.hatena.ne.jp/kurosawa31/20040220#p1
こちらの市民運動の話題でゴーマニズム宣言脱正義論の話題が出てますけど。
当時私は19歳で東京に住んでまして、正直、あの薬害エイズの運動に参加したいと思ってました。行かなかったのは単純に浪人してたからで、もし大学生なら行ってたかもしれません。
何であの運動に参加したかったのか?

1、単純にあの事件が酷い、許せない、だから何とかできるならしないと!という正義感
2、いくら売れてるといってもゴーマニズム宣言を読んでます。なんていう私と同年代のコなんて回りにいなかった。ましてや宝島30なんて、偏差値の高い高校や大学ならわかんないけど、私がいたのは偏差値50前後の普通科の高校で、社会問題について真剣に話す相手なんてほとんどいなかった*1。しかもそこも卒業していて浪人時代は真面目で友達を作んなかった。思うに一番人とコミュニケーションしなかった時期で、あの場所に行けばゴー宣の話題で話せる友達ができるかもっていう期待感
3、1の裏返しでこんな自分でも歴史に残る事件の主役の一人になれる*2。なりたい!という欲求

多分この3つ(あとよしりんとか有名人に会えるかもキャーみたいなミーハー気分もかな?)が主な理由だったと思う。
ただ、そういう気持ちの人が行っちゃいけないんだって空気もゴー宣を読んでて感じて*3、だからとりあえずテレビとゴー宣で経緯を見守りつつ、運動に参加できてない自分はゴー宣読者としては後ろめたい気分をちょっとは持ってたような気がします。
だから脱正義論については自分みたいな立場で見てた人のこともわかってくれてたんだなぁと安心したのを覚えてる*4
だからkurosawa31さんが書いてる
社会に一定数はいる「こういう人たち」の中に間違えなく私はいて、痛くて痛くて(笑)

でも「こういう人たち」がサッカーの試合や合コンでガス抜きできるか?と言うと私は難しいと思うんですよね。
いわゆる当時の宮台さんいうトコの終わりなき日常を「まったり生きろ」で。
「まったり生きろ」って言われてまったり生きられたら苦労しないわけで「こういう人」にもならないわけで。
気になるのは「こういう人たち」とそうでない人たちをつなぐ回路がどんどん狭くなってることですよね。これもグローバル化なんですかね?
もうちょいつなぐ回路があればいいのになぁ。
だから「まったり生きる」にも訓練とか練習がいるのかなぁ何らかの
それがいわゆる「原っぱ」なんだけど。
だから「原っぱ」にはそういう高尚な意味を持ち込んではいけないのかなぁと思います。何か意味に向かって進んで行くのはラクだけど「こういう人たち」に必要なのは意味を求めない楽しみ方で意味は別のトコ(仕事とか家庭とか)で見つけないといけないのかなぁと思います。
そして意味を求める場所でクタクタになった人がつかの間でも休める場所として原っぱが機能すればいいのかと思います。
まぁ結論は簡単には出ませんけど、私も「こういう人たち」の一人としてこれから少しでも生きやすいようにあがくので、いいサンプルとして見ていてくださいということでしょうか。
とりあえずおしまい。

*1:私の印象では90年代前半はそういう話題について話すだけで白けるムードで、ネタとベタでいうと全部がネタに回収されてしまう感じだった。それがネタじゃすまされない事件が95年以降多発してネットの充足も含めて、そういう話題を簡単に話せるようになった気がする。それがいいか悪いかは判断しないけど、その時のムードを覚えてるから、私はあんまりその手に話題を書けないのかもしれない

*2:ゴー宣に自分も乗るかも

*3:そりゃそうだ、いきなり浪人生がそんな場所に行ったら勉強しろ!って説教されるに決まってる

*4:関係ないけど、当時あの運動に参加した人ではてなで日記書いてる人とかいないのかなぁ?参加した人は当時どう思ってたのかとか知りたいなぁ。もう7年くらいたつわけだし、誰か書いてくれないかなぁ